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今更、「ひぐらしのなく頃に」の感想
去年、ニコニコの方に「ひぐらしのなく頃に」と「必殺シリーズ」を掛け合わせたMADを投稿してるのですが、正直、ひぐらしは好きではない。


ひぐらしを初めて知ったのは、初期3作(鬼隠し・綿流し・祟殺し)のセットを友人に教えてもらったからで、それで鬼隠し編だけはやった。

基本的に古典ミステリのファンで、そうであることを知っていた友人が解決編が無い推理ノベル(推理することがゲーム)、つまり初期の触れ込みで紹介してくれたのだが、実際、鬼隠し編だけやった感想としては、ミステリファンだからこそ、これは受け入れられない。というのが率直な感想だった。

まあ、ぶっちゃけ解けなかっただけというのもあるかもしれないが、どうしても圭一の最期を理詰めすることができない。なんとは無しに、叙述トリックが用いられてるとは思ったが、それにしたって圭一の最後の言動は説明がつかない。それで、もう、これは一般的ではない薬物か何かが使われていると判断して解くことを諦めた。実際には「一般的ではない」どころか、「架空の」物だったわけですけどね。

私は古典ミステリのファンと言っても、コナン・ドイルよりアガサ・クリスティーの方が好きな人なので、厳密なルールにはこだわらない。ただ、それでも推理小説としてのフェアは守られるべきだ。「アクロイド殺し」なんて当時は外道と酷評された物だが、ちゃんと作中に全ての手がかりが提示され、読者に対してフェアだった。

だが、ひぐらしは、ヴァン・ダインの二十則をして、叙述、未知の薬物、暗躍する大規模な組織の3つを破ってる。一つや二つ(場合によるが)なら許容もするが、これはさすがに破りすぎで、アンフェア。
こんなもんミステリファンからすれば邪道も良いところなんだが(まさにミステリを知らない人間が書いたシロモノ)、初期の触れ込みはミステリファンに挑戦するかのようなもの。酷いったらありゃしない。
挙句、ひぐらしファンは、ミステリ作家・批評家の大御所が評価してない、知らないことなどを指して同人だと馬鹿にしているとか何とか言う始末なんだから、笑えない。

ただ、平和的な日常が変貌し、猟奇殺人の舞台になるというプロットは見事だと思う。
そういう意味で推理小説としては全く評価に値しないが、その展開手法においてはカタルシスを味わえる良い作品で、そこが評価されているのだと思う。

映画が公開されるが、だからこそ、あくまでプロットを前面に押し出すべきで、初期に比べて鳴りを潜めたとはいえ「本格的な推理要素を導入」みたいな謳い文句で宣伝を行うのは外道じゃなかろうか。
1977年の「八つ墓村」みたいに、ミステリ(推理)じゃなくてあくまで「オカルト映画」という立場で製作して宣伝するべきなんじゃないかと。
(まあ、実際には、この「八つ墓村」がどういう宣伝を為されていたのかは知りかねますけどね。生まれる10年前の映画ですし。)



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